石綿

古代から極めて優秀な特性を持つ石綿を、「奇跡の繊維、魔法の繊維・夢の繊維」として重宝してきました。

石綿の有用な特性と過去の用途の一例を挙げると次のとおりです。

石綿は名前のとおり、植物から作られる「綿」と同じように「軽い」→屋根、天井

高温でも燃えない「不燃性」、高温に耐え変質しない「耐熱性」→耐火建築物、

「高気密性」、「防音性」、→断熱材・保温材・吸音材

加工が容易→布状・帯状・糸状等加工品

他の物質とよく混ざる「親和性」→塗料、セメント等に混ぜて使用、スレート材

「耐摩耗性」→ブレーキライニング、ブレーキパッド

薬品に侵されない「耐薬品性」、電気や熱を通さない「絶縁性」、長時間持ちこたえる「耐久性」、引っ張る力に耐える「高抗張力」、「曲げ」にも強い、といった特徴を持っています。

1つの物質でこれだけの優秀な特性を兼ね備えて持っている物質は、他にありません。

長所だけをあげれば、このように他に替えのない多機能な優れた特性を持つ材料であり、しかもも「安価」で、経済的にも優れています。

この特性を活かし、さまざまな製品に使用されてきました。

過去には、学校の理科の実験で、ビーカー等をアルコールランプで加熱する際に使う石綿付き金網(金網の中央に円形の石綿を張り付けたもの)が、昭和63年頃まで販売されていました。

このような身近なものを始め、石綿の用途は広範囲に多種あり、その数約3000種といわれていますが、その約8割は建材製品です。

石綿含有建材は、住宅や倉庫では、外壁、屋根、軒裏等に成形板として、ビルや公共施設では、梁・柱の耐火被覆、機械室等の天井・壁の吸音用等に吹付け材として使用されていました。

この他、産業機械、化学設備、電気製品・自動車・家庭用品等々、あらゆる場面で幅広く利用され、産業の発展や我々の日常生活においても多大な恩恵をもたらしました。

石綿が、「魔法の鉱物」、「奇跡の鉱物」、「夢の材料」と言われた所以です。

耐火材料としての利用では、多くの尊い生命を守り、財産を保全することに寄与しました。

その一例を紹介します。

石綿は、1960年代の高度成長期に、ビルの高層化や鉄骨構造化に伴い、鉄骨の柱、梁等の耐火被覆材として、多く使用されました。

鉄骨は火に強いと思われがちですが、実は熱に弱いのです。

火災時の熱で、350~500℃以上になると次第に軟化し、建物の荷重によって床が落ちたり、鉄骨が曲がって倒壊するおそれがあります。

熱に弱い鉄骨を火災から守るために、過去には耐熱・断熱性の高い石綿で耐火被覆を施していました。

鉄を耐火被覆することで、ビル等の倒壊を防止したり、倒壊までの時間を長くもたすことによって、人が脱出したり、貴重品を持ち出したりする時間をつくって、人命の保護、財産の保全、建築物の安全確保を図ってきました。

20年前の9月11日、ニューヨークの世界貿易センタービルに、ハイジャックされた旅客機が相次いで衝突し、ビルは炎上し崩れ落ちましたが、航空機に激突された後、1時間近くも建ち続けることができました。


しかし悪魔、サイレントキラー(静かな時限爆弾)

石綿の持つ優秀な特性は、人体内に取り込まれた時は、これが仇になって、人の健康面に害悪として機能し、石綿肺、肺がん、中皮腫等の重篤な疾病をもたらすことになります。

世界保健機関(WHO、1973)は、石綿を次のように定義しています。

天然の繊維状珪酸塩鉱物の総称で、クリソタイル、アクチノライト、アモサイト、アンソフィライト、クロシドライト、トレモライトに分類される。

国際労働機関(ILO)は、1986年に「造岩鉱物に属す繊維状の珪酸塩鉱物、すなわちクリソタイル(白石綿)アクチノライト、アモサイト(茶石綿)、アンソフィライト、クロシドライト(青石綿)、トレモライト又はこれらの混合物をいう」と定義しています。

日本では、安衛法等の法令の規制対象となる石綿は、平成18年の通達で、「繊維状を呈しているアクチノライト、アモサイト、アンソフィライト、クリソタイル、クロシドライト、トレモライト」と定義しており、アスベスト含有建材の判定は、アスベスト含有量が0.1重量%を超えるかを基準としています。

厚労省の「石綿則に基づく事前調査のアスベスト分析マニュアル」では、アスペクト比(長さと幅の比) 3以上を繊維と規定しています。

いずれも石綿の種類は、6種類です。

日本で過去に使用されたアスベストは、圧倒的にクリソタイルが多く、クロシドライトやアモサイトも輸入・使用されましたが、平成7年に、これら2種類は輸入と使用が禁止されたため、以後は、主にクリソタイルだけが使用されてきました。

このため国内で使用された石綿の9割以上は「クリソタイル」で、残りの約1割が「クロシドライト」と「アモサイト」です。

従来、意図的には利用されていなかったとされてきたアクチノライト、アンソフィライト、トレモライトの3種類についても、実際の建材分析の結果から国内での使用が確認されています。

石綿の体内への侵入と防御機構

クリソタイルの直径は、0.02-0.08μm、クロシドライトは、0.04-0.15μm、アモサイトは、0.06-0.35μmと、直径が0.02-0.35μm(私達の髪の毛の5000分の1程度)であり、これは、肉眼では見ることができない極めて細い繊維です。

そのため、飛散すると空気中に長時間浮遊し、呼吸で吸入されて肺胞に沈着しやすいという特徴があります。

石綿は、そこにあること自体が直ちに問題なのではなく、飛散し空気中に漂っているのを呼吸で、吸入することが問題なのです。

一般の粉じんの場合は、吸い込んだ粉じんの粒径が5μm程度以上のものは、気管支の繊毛運動で、異物として痰の中に混ざり体外へ排出され(気管支の繊毛運動)、肺胞まで到達するのは、2~3μm以下の微細な粒子だけとなります。

肺胞まで侵入してきた微細な粒子は、肺胞マクロファージ(貧食細胞、白血球の一種)の貧食作用によって除去されます。

しかし、石綿繊維は前記のように極めて細いため、長さが数10μmのものまで肺胞に達し、沈着します。

このように石綿繊維は、人体のさまざまな防衛機構をすり抜けて、肺胞にまで至ってしまいますが、その後どのようなメカニズムで、健康障害を起こすのかは、まだ十分には解明されていませんが、石綿繊維の優れた特性が仇となって、肺の組織内に長く滞留してしまうことが一因とされています。

肺胞に沈着したアスベスト繊維を消化(排除)しようとした肺胞マイクロファージが、返り討ちにあって自滅してしまうというようなメカニズムであろうと考えられています。

つまり、肺胞に沈着した長い石綿繊維は、肺胞マクロファージが貧食できず、肺胞マクロファージ自体が破壊されます。

従って、石綿繊維は細くて長いものほど有害性が高くなると考えられます。

また、マクロファージは、細菌やウィルスに対抗するためのタンパク質分解機能を持っていますが、想定外侵入物である「鉱物」には十分な対処ができず、返り討ちに合って自滅に至るとも考えられています。

いずれにしろ破壊された肺胞マクロファージからは酵素が放出されて、炎症を誘発したり、線維増殖因子等の活性物質や活性酵素等が出現し、様々な生物学的反応が生じると推測されています。

現代科学でも明確にはわからない「超微細なところでの石綿と人体防衛機構との攻防」が体内で起こって、健康被害が生じると考えられています。